キャンプキンザー(牧港補給基地)
最終更新日:投稿日:軍用地返還予定地として、返還後も魅力的な投資先
極東一の総合補給基地
キャンプ・キンザー(牧港補給地区)は、本島中部の浦添市に位置する兵站補給基地です。那覇空港近くの明治橋から約5㎞北上すると、左手に国道58号から西側の海岸までの南北3km、東西1kmにまで及ぶ、広大な敷地が見えてきます。米軍は伝統的に兵站の役割を重視してきたため、規則的に立ち並んだ巨大倉庫を見ることができます。
1944年に旧帝国陸軍の「南飛行場」として開設され、翌45年に米海兵隊により占領、その後のベトナム戦争では「トイレットペーパーからミサイルまで」様々な軍需物資を前線に供給したことで知られています。キャンプ・キンザーは2018年に開通した西海岸道路(浦添北道路)にも面しているため、交通の要塞とも言うべき重要な空間を占めています。
返還予定地としての投資先
キャンプ・キンザーは2025年度以降の全面返還が合意されており、既に2013年に1ha、2018年に4haが返還済みとなっています。先述の通り「交通の要塞」としての立地条件から、返還後は商業施設を中心にリゾート開発も進むものと考えられています。内閣府公表の基本計画図では、ポテンシャルの高さを以下のように表現されています。
「東南アジアの中心に位置する沖縄の地理的優位性を最大限に生かしたまちづくりを考えたとき、空の玄関口から約15分、海の玄関口から約10分の距離にあり、国道58号と沖縄西海岸道路の都市空間と、その前面に広がる『沖縄の青い海と自然海浜』が残存する海洋空間とを一体的に有する浦添市西海岸一帯は、沖縄県の観光産業の世界水準化に資するだけではなく、産業構造の変革をも可能とする、まさに宝石の原石であると考える。」
返還後の再開発について
これまでの歴史上、沖縄県内において返還された跡地は経済的発展を遂げてきました。例えば、那覇新都心はかつて「牧港住宅地区」として米軍の住宅に供されていましたが、1987年に全面返還され、今では大型ショッピングセンターやマンションが立ち並んでいます。この経済効果を玉城デニー知事は「那覇新都心に基地があったときの経済効果は52億円。返還後の経済効果は1650億円、約32倍です。」と述べています。つまり、地権者にとっても返還後に経済的メリットを享受できる可能性が高く、ここに注目した投資家の方々がキャンプ・キンザーを筆頭に、返還予定地を購入進めている事例も見受けられます。
2025年以降の全面返還が決まっているキャンプ・キンザーの地権者から構成される浦添市軍用地等地主会は、返還後のスムーズな跡地利用のため、地権者やその関係者の子弟などの若手で構成する「チームまきほ21」を2013年に旗揚げしました。次世代を担う若手が活発に意見交換を行う取り組みは先駆的であり、減歩率や区画整理のあり方などが議論されています。こうした取り組みは返還後の発展に寄与していくものと考えられます。
出典
『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』書籍情報社.
『図解!在日米軍基地完全ガイド』洋泉社BOOK.
『浦添市:牧港補給地区跡地利用基本計画(H25.3)』内閣府ホームページ
『画像引用:(1枚目)FAC6036牧港補給地区/「沖縄県HP」より』
『画像引用:(2枚目)Google Mapより抜粋』
『画像引用:(3枚目)「週刊タイムス住宅新聞」 第1814号・2020年10月9日紙面より』
『画像引用:(4枚目)土地連セミナー2021 報告書より』